松田龍平さんのプロフィール

2007年7月18日 (水)

ゲーマー松田龍平さん

「コンティニューvol.30」というゲーム誌から松田龍平さんのゲーマーぶりをピックアップ。

(レッドスティール発売頃の雑誌です。)

仕事がない日はオンラインゲームを12時ごろから翌朝の9時ごろまでやっているとか。

そ、その12時は夜中でなくてお昼の12時からですか??龍平さん(汗)、と思わず…。

オンラインゲーム大好きで、記事では「フロントミッションオンライン」をずっとやっていると語っています。

映画のインタビューとかよりゲームの取材の方が話しやすいってどうなんだろう、と笑う龍平さん。

他に名前が出たゲーム。

「ゴーストリコン アドバンス ウォーファイター」Xbox360

「SOCOM US NAVY SEALs」

オンラインゲームだと、知らず知らずに龍平さんと対戦したりしてるかも。

以上。

それにしても日記がまったくファンレターになっていない今日この頃。

松田龍平さんの過去情報ばかりなので、ご本人さまが知ったら「やめてよ」って言いそうです。

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2007年7月15日 (日)

松田龍平さんファミリー(第4弾)

はなまるカフェには松田龍平さんも「御法度」当時出演しています。

このときにやはり家族のことをお話されているのでメモしておきます。

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1999年12月1日 「はなまるカフェ」 松田龍平

薬丸--やっぱり面影ありますね。お父様に。似てるって言われます?

「はい、言われますね」

薬丸--お父さんか、お母さんかというとやっぱりお父さん似?

「そうですね。僕ではそう思ってますけど。周りはお母さんに似てるって言う人もいますし」

岡--ねえ、お母さんにもすごい似てらっしゃいますよ。 今おいくつでらっしゃいますか?

「16です」

岡ーーあらーまー。高校1年生。

「はい」

薬丸--お父さんに似て背、高いんですね。

「いやー、測ってないからわからないんですけど。でもまた伸びて、182(センチ)ぐらいかな」

薬丸--お父様大きかったですよね。

「はい。186ぐらいありましたから」

中略

~おめざは「おいしいみかんが食べたい」に応えて、7キロ1万円の高級みかん~

~嫌いな食べ物は「セロリ」~

はなまるアルバム①「4人」

「家族っていう感じがするかなーと思って」

薬丸--4人家族ということで一応玄関を撮っていただいた。靴はどれですか?

「いやー、いっぱいありますけどね」

薬丸--普段からこう出してある。

「はいそうですね。バラバラに」

薬丸--みんな靴箱には入れないんですか?

「そうですね。僕の母とかは入れるんですけど、僕たちは全然」

薬丸--4人って言うのは? お母さま、龍平くんがいらして

「弟の翔太」

薬--弟さん。いくつです?

「…えー。いくつだろ。…。中学校2年生。 で、妹・夕姫(ゆうき)、小学校6年生」

薬--仲良いですか?兄弟

「あーまーそこそこ。そこそこいいと思いますけどね(笑)。僕と妹はけっこういいんですけど、弟と妹がけっこう仲悪くて(笑)」

薬--仲悪い?

「よくけんかとかして」

薬--けんかしあう? 男の子と女の子で?

「うん。妹が結構強くて、これが(笑)」(スタジオ笑)

「けっこう強いんですよ。やっぱり上が男だと強くなっちゃいますね」

薬--そういうときはやっぱり、お兄さん龍平くんが仲裁に入られる?

「ああ、そうですね」

薬--そのときお母様は?

「いや、僕が止めないと、弟はちょっともう僕の母では止められないくらい大きくなっちゃったから」

「でも、仲良くやってますけどね、そうは言っても」

薬--お母さんは怖いですか?

「やー。いや全然」

薬--お母様は優しい?

「優しいですけど」

薬--お母様のお姉様に熊谷真実さんがいらっしゃいますけど、よく遊びに来られます?

「あー、たまに来て。でも、すごいうるさい人で(笑)」(スタジオ笑)

薬--にぎやかな人ですよね。

「なんか、すぐ抱きついてきて、がーって」

薬--『龍平くーん!』みたいな?

「(何度もうなずく龍平さん)。そういう感じで」

薬--そういうときどういうリアクションをとるの?

「『やめてよ』って」(スタジオ笑)

「ふつ~に、『やめてよ』って」

薬--遊びに来られるんですか? お食事に来られるとか。

「顔見たいっていう感じの」

薬--それは美由紀さんの? 龍平くんたちの?

「いや、みんなじゃないのかな」

薬--お父様っていうのはどういう存在でしたか?

「怖い。やー怒られましたね。5歳だからそこまで憶えてないですけど。けっこう怒られて、いろんなところで。いつも緊張感があって。父親なんだけど、話すのに緊張を持ちながら話して」

~後略~

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2007年7月 9日 (月)

松田龍平さんファミリー(第3弾)

松田美由紀さんは「笑っていいとも!」や「徹子の部屋」にけっこう出演されています。

その中でデータ化されているのが「笑っていいとも!」なのでリンクしておきます。

◆1998年

松田龍平さんデビューのころ、妹さんの話も。

椅子ぶん投げエピソードはこのとき。

http://home.f08.itscom.net/mnamioka/1998/ne981210.htm

◆2000年

翔太くんのことにも触れています。ペンキ投げ事件はこのとき。

http://home.f08.itscom.net/mnamioka/2000/20001002.htm

◆2006年

ここで出てくる息子はどちらを指しているのか不明。

http://iitomo.sakura.ne.jp/iitomo/2006/20061018.htm

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2007年7月 5日 (木)

松田龍平さんファミリー(第2弾)翔太くん

「ヤンキー母校へ帰る」に翔太くんが出演するころ?だと思いますが、

はなまるマーケットのはなまるカフェに登場されました。

そのときも松田龍平さんの横顔を知ることが出来る

エピソードをお話されていたので、メモしておきます。

ただし、前半は見ていないので後半のみで失礼します。

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「はなまるカフェ」2005年3月22日 ゲスト 松田翔太

幼い頃の母・松田美由紀は…

「妹をいじめると(?)怒られましたね」

薬丸 --どういう風に叱られたんですか?

「ぼくんち、地下室があるんですけど。はい、地下室に閉じ込められて。まっくらな。真っ暗だと怖いんですよ。お化けが出そうで。で、怖くて、もう絶対やんないと思いましたね」

薬丸 --お父様に怒られた記憶は?4歳のときだからあまり記憶はないかな。

「あまり憶えてはいないですかね」

薬丸 --そして気になるのはこちら(とエアガンの写真を指し)「銃刀法違反?」

これも地下室にあるわけですか?

「(笑)。ないっすね。これはまあ本物じゃないんですけど(笑)。これはモデルガンだったり、電動ガンだったりして。小っちゃいプラスチックの弾がでるんですけど」

薬 --エアガン?

「そうですね。あの、兄貴と一緒に」

薬 --おっ!お兄さんと一緒に。

「はい。3つ兄貴のなんですよ。これ(4つ目を指し)、僕のなんです」

薬 --へえぇ、一緒に集めてるんですか。一緒に戦うわけですか?

「一緒に集めて、こう、ポーズとったり(笑)。あと戦ったりですね。サバイバルゲームができる、そういうフィールドがあるんですよ。ちょっとお金払うと何時間か貸してくれて。それで撃ち合ったり」

薬 --それでお兄さんと行こうよって?へえぇ。

「そうですね。昔からしてますね、小学校のときから。こうちっちゃい小学生用みたいなのがあるんですけど、銀球鉄砲みたいなやつが。そういうのでも遊んでいましたし。基本的に好きなんですよね、そういうの」

薬 --お兄さんと仲良いんですか?

「仲良いですね」

薬 ーー今、独りで住んでるんでしょ? お兄さん。え、じゃ、そこに遊びに行ったり。

「遊びに行きますよ」

薬 --へえぇぇ。昔っから仲良かったですか。

「昔は仲悪かったです。おかしな話なんですけど」

岡 ーーお兄さんの映画見てどう思いますか。

「…。龍平だなって…いう(笑)」

薬 --龍平って呼んでるんですか?

「龍平って呼んでます」

薬 -へえ。でもお兄さんのほうがデビューは最初じゃないですか。

「ま、先輩的な発言もあったりして、勉強になりますけど」

つい最近「恋の門」っていう映画に出演されましたよね。

「ええ」

そういう映画についてお話されたりしますか?

「はい、たまにします。松尾スズキさんとか面白い人だって聞いていたので。どういう人なのかなーと思って訊いたり。あと、酒井若菜さんとキスシーンがあって、映画の中で。どういう感じだったの?みたいな…(笑)」 (スタジオ笑)

…中略(英国留学話など)…

薬 ーー兄弟比較してどうですか。お兄さんとはやはり違いますか。性格とか。

「そうですねー。全然本当にもうまったくキャラがまったく違うんですけども。僕はどちらかというとやんちゃなほうっていうjか。次男だったんで、あまり『こーしろー』とかは(言われなかったんですけど)、長男のほうが言われてたんで、僕はなんだかんだそれを見ながら、こう…適当にやっていたという感じですね」

岡 --女の子の好みも違いますか?

「(笑)。まったく違いますね」

岡 --よかった(笑)

…終了…

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2007年6月14日 (木)

松田龍平さんファミリー

今日、弟君の翔太さんがある番組に出られましたが、

松田兄弟のアイドル的存在の妹さんって…

みんな興味津々ですよね。

2年位前に美由紀さんが波乱万丈に登場されたときのログです。

気になる方はご覧ください。

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いつみても波乱万丈(抜粋) 2005年11月某日

【龍平くん誕生】

籍も入れずに二人は暮らし始めたそのころ、優作はテレビに幼い子どもが出ているのを見ると離婚して離れ離れになったわが子のことを思い出し、時折涙していたという。そんな姿を見るたび美由紀は思った「早くこの人の子どもを産んであげたい」。

そして昭和58年。
美由紀は長男龍平を出産。
(生まれて間もない龍平くんと美由紀さんの記念写真。お宮参り衣装の龍平くん)

さすがの優作もこのときばかりは笑みがこぼれた。

優作
「いやーいきなり、入ったらウンチしやがって…。失礼なヤツだなぁと」(微笑む優作さんの笑顔がまぶしい)

「すっきりした顔して」

-じゃあ今日は目が開いてるところをご対面できたわけですね。

「はい、見ました」

-どうでしたか。

「(ちょっと間をあけて) なかなか、いい男みたいですね」

-ああ、そうですか!(と報道陣もどっと沸く。)

どのへんがいい男だったですかとかの質問に「いやー(もうこれ以上は)」と照れ隠しする優作さん。

これを機に二人は晴れて入籍。


【龍平くんの幼少期】

それまではストイックに芝居にのめりこみ、家庭とはどこか一線を画していた優作。そこには複雑な生い立ちを背負うかのような孤独感があった。

「心の傷をなんとか癒してあげたい」

美由紀は温かい家庭をつくるべく昭和60年には次男翔太をその二年後には長女夕姫(ゆうき)を出産。
(幼い三人の写真。三人とも笑顔でカワイイ)

強持てだった優作は子どもたちにとっても厳しい父親。

だが、美由紀が一緒になって子どもを叱りつけると、

「おまえは怒っちゃいけない。優しくししてやるのがおまえの役割なんだ」とあとで諭されることも。
(おもちゃの車に乗った龍平くんと優作さんの写真。龍平くんはヘルメットをかぶってべそをかいてる。)

~中略~

【優作さんの死】

(葬儀の映像。龍平くん、翔太くん、夕姫ちゃんが映る。)
美由紀さんは優作さんの病気を最後まで知らなかったそうです。
優作さんが知らせなかったそうで(人を寄せ付けなかったとか)、美由紀さん自身27歳と若くて周りに病気の人がいなかったので本当に分からなかったそうです。「子どもだった」とコメント。

間平さんが「もしブラックレインに出ずに治療してたら、どうだったでしょう」との問いに「そういうことはもう百万回考えましたし、もう考えないことにしました」と。当時のことを考えると今でもきついそうです。

福富
「さて。でもそのそのあとが大変でした。美由紀さん、小さなお子さん三人残ってしまったんですよね」

松田優作亡き後、美由紀はその悲しみを引きずり続けていた。

一周忌法要にて

美由紀
「長い一年でした。生きてるとき以上によく話をしていると思います」

(龍平くん、翔太くんが焼香する様子が流れる。)
今はなき大スターの子ども。
そんな現状を受け入れられず子どもたちも辛い思いをしたという。

さらに夫を失ったことで、経済的にも苦しい状況に。

しかし、美由紀はそんな状況も家族一緒に乗り切ろうと決意。つらい時には思い切り泣き、すべてを包み隠さずすべてを分かち合った。

さらに父親の役割も担わなければならない美由紀は仕事を再開。「バカヤロー4」で8年ぶりに女優復帰した。

~中略~

美由紀
「私は子どもたちと喜びもも悲しみも全部分け与えるっていうか、一緒に共に感じるのが大事だと思ってきたんですね。普通親でしたら、その悲しいところは子どもに見せないようにするとか。私は悲しい時には大声で泣くし、笑いたい時には大声で笑うし。私の人格すべてを子どもに見せて、一緒に共にやってきた感じがあって。だから悲しいとき私が泣き出すと、みんながバスタオルやそこらへんのティッシュとかを子どもたちみーんなが持ってくるんですよね。それでみーんなで泣いて。で笑う時もみーんなで笑って。っていう」

福富
「経済的にも厳しさを感じてらっしゃったんじゃないですかね」

美由紀
「そうなんですよ。本当にお金を持たないというか。すぐに使ってしまうタイプだったんで。お金もありませんでしたし。どうしようと思いまして。で、子どもたちに通帳を見せて『おかあさん、これだけしか今ないんだよ。どうしよう』って言って。みんなで考えるんですよ。子どもたちが『じゃあ、オモチャを売ればいい』とか、いろいろ知恵を出してくれるんですよ。『でもそれじゃいくらにもならないね』とか言ったり。でも、そうやっていくことでものすごく子供たちの自意識を生まれさせるいいことだと私は思ってましたから。そういう意味ではしっかりした子どもに育ったな、と思います」

~中略~

夫・母、大切な存在を失ってしまった美由紀を支えてくれたのは、ほかならぬ三人の子供たちだった。(家族四人の写真。ケーキにろうそく。龍平くんは剣玉を持っている。)

とっくみあいも辞さない息子たちとの喧嘩も、正面から向き合っていきたいという思いから。

平成10年には映画「元気の神様」に主演。
夫を失い、残された子供と懸命に生きる母親を自分の人生と重ね合わせながら熱演した。

翌年には長男龍平が映画デビュー。
オファーがきたとき、サッカー選手を目指していた龍平にこうアドバイスした。
「すべては自分で決めなさい」

~中略~

その後、次男翔太も俳優としてデビュー。
気がつけば、息子たちはすっかり逞しく成長し、今では母のよきライバルとなっている。

美由紀もますますテレビや映画で活躍。今年は初めての舞台にも挑戦(「ドレッサー」)。

このとき息子龍平はこう言ってくれたという。
「お母さん、これからは楽しんで仕事をしてくれればいいよ」

そして夫の17回忌を迎える今日、美由紀自身がプロデュースした「松田優作全集」も発売される。

福富
「今は立派に育ってらっしゃる三人のお子さんですが、一時はもう手に負えないときもあったでしょうにね」

美由紀
「もう大変でしたよ。男の子二人だし、自己主張が強いから」

福富
「お小さいときはガツンやったことあるんでしょ?」

美由紀
「もうガツンどころか。二階から駆け上がってジャンプですよ」

間平
「お父さんに似て大きい?」

美由紀
「180いくつありますから」

間平
「ふぉ、大きい。二人とも?」

美由紀
「はい。でもすごい良いんですよね。この間、私の誕生日のときに、もう子供たちがやっぱりすごい喧嘩になって。芝居のね、ことで。これからの志…。俳優としての志のことで大喧嘩ですよ。二人が。私の誕生日に」

「それで、殴り合いの喧嘩になって。でも。それで二人で握手して。『俺たちが遺志を継いでいくんだって』。こんなこと言ったら怒られちゃうな。こんな場でばらしたって怒られちゃう。でもすっごいうれしかったんですよ。『誰が継いでいくんだ。俺たちだろ』って。『親父の魂が俺たち二人の中に入ってるんだ』って言ってね。二人で握手して。もう私なんか『こんないい誕生日はホント初めてだって思って』(美由紀さん感極まって涙)本当に涙が出ちゃって」

福富
「男のお子さんがそんな言葉を言ってくれるなんて、それは親として本望ですね」

美由紀
「ホントに立派に育ってくれて。私って本当にたいしていい親じゃないんですよ。あけっぴろげだし、わがままだし。でも、あの子たちがあの子たちの意志でいい子に育ってくれたっていうのが何よりうれしいですね」

福富
「ここへくるまでは大変だったでしょうね、きっとね」

美由紀
「この前ね。龍平にね。二人で話したんですよ。手握りながら。『本当にありがとう』と。『今までやってこれたのは、あなたが長男として立派にリードしてくれたから、今までうちの家族がちゃんとやれた。本当に感謝している。どうもありがとう』って話してて。そしたら龍平がこうして背中を肩を持ってくれて。本当にありがたいですね」

福富
「お父様になってますね。男の役目が本当に分かっている息子ですね」

~このあと原田芳雄さんからのコメント~

原田
「美由紀すごい大変だったと思いますよ。あのガキどもを育てていく過程ではね。どうやって扱ったらいいかわからない。ときたま電話かかってきましたよ。『毎日あのガキどもがとんでもないことしだして、どうしたらいいんだろう』みたいな。『いや、ほっとけ』みたいな」

「今改めてね、よくここまできたなっていう。そして息子たちもね。あんな葬式でクークー寝てたヤツがね。デビューして。俺がそこにいるっていうのも、龍平も翔太もその二人と一緒にカメラの前に立ってるなんてこと、想像もできなかったよね」

~後略~

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2007年5月28日 (月)

どんなお酒を飲むのでしょう

松田龍平さんは、ビールと梅酒だそうです。

今、サッポロ「凄味(すごみ)生」という発泡酒のCMに出てらっしゃいますが、

ビール党だからぴったりですね。

ちなみに、「プルコギ」関連インタビュー中で発言、

焼肉は渋谷のドンキ近くの焼肉店にたまに行くそうです。

あそこかな?

毎日通って売上協力するかな…。ウソです(笑)。

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2007年5月20日 (日)

おばあさま

松田龍平さんの祖母である熊谷清子さんは

TV番組グレートマザー物語でも取り上げられましたが、

小説の題材にもなったこともある大変魅力的な方だったようです。

ねじめ正一さん作「熊谷突撃商店」。

http://www.tomproject.com/works/kumagai.html

http://www.collabo-plan.com/book-review.cgi?class=f:n

龍平さんはわりに淡々とした、

何か悲しいことがあっても涙は見せない人ですが、

一度だけ号泣したことがあり、

それがおばあさまが亡くなったときだそうです。

お亡くなりになったとき、真実さん・美由紀さんら姉妹は

清子さんに白いウエディングドレスを着せて送り出しました。

おじいさまは白いおひげの見た目仙人のような方ですが、

九州某所で清子さん似の観音さま(だったと思う)を建立して、

そこで暮らしておられましたが、今はどうでしょうか。

5/12「プルコギ」博多舞台挨拶に来られていたのは、

このおじいさまだと思います。

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2007年4月15日 (日)

妹さんに興味

が起こるような何かが起こったのでしょうか。

たとえば、金曜日の「徹子の部屋」で

美由紀さんが龍平さんや翔太さんのほかに妹さんの話題を語ったとか…。

この番組、予約録画してたんですけど、失敗して見ていないんですよね。

妹さんのお名前は素人さんだと思うので、ないしょということで。

美由紀さんは以前もお嬢さんのことを「笑っていいとも」でお話されていました。

小さい頃は家の中でも手紙の書きっこしてたとか。

  

話は飛びますが、松田優作さんのお通夜及びお葬式に参列されていた方が、

錚々たる顔ぶれだったので、改めて感慨深いものがありました。

みんな書くのはとても大変なので、少しだけ。

友人代表だったのが原田芳雄さん。

「IZO」つながりの内田裕也さん、安岡力也さん。このへんは納得のメンバーですね。

個人的には「ハゲタカ」で共演した宇崎竜童さんの姿があったのが驚き。

つながりがあったんですね。

「ハゲタカ」で竜童さん、親子を演じてどんな気持ちがしたんでしょう。

「走れ!イチロー」で共演した中村雅俊さん。

「恋の門」で共演した大竹しのぶさん。

ほかに、神田正輝さん、陣内孝則さん、石田純一さん、薬師丸ひろこさん、原田美枝子さん等々多数。

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2007年4月 9日 (月)

龍平さんのお誕生日など

生年月日 1983年5月9日(もうすぐ24歳)

身長 183センチ

体重 63キロ

血液型 B型

家族 父:故松田優作

    母:松田美由紀

    弟:松田翔太(2歳違い)

    妹:松田○○(4歳違い)

歴史 サッカー少年が15歳のときに大島渚監督の要請で「御法度」に出演。

    サッカーのポジションはGK。

    横河電機のユースにいたことも。

    サッカーでイタリアに行ったこともあるらしい。

    スポーツは何でも得意だが、水泳だけが苦手。

    デビュー後は一時期、フットサルやっていた。

    最近のオフタイムはもっぱらゲーム三昧とか。

    ネットゲーではFFもやっていた。

趣味 ゲームほかいろいろ

    これまで話題に上った趣味は…旅行、バイク、エアガン

    最近また英語熱が上昇中(?)

    「御法度」公開時は留学したがっていたが俳優業により断念。

    サンフランシスコに短期ホームステイの経験あり。

   

好きな食べ物   みかん等果物

きらいな食べ物   昔はセロリ

            かぼちゃもあまり得意ではない。(「プルコギ」関連のインタビューで)

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